top of page
検索

イタリアの水牛モッツァレラ、98工房が操業停止――道路封鎖とDOP「60時間ルール」

執筆者の写真: NANGO
NANGO
4 日前
読了時間: 10分
イタリアの水牛モッツァレラ、98工房が操業停止

イタリア南部で10月中旬に起きたトラック運送業者の道路封鎖が、思わぬところに影響を及ぼしました。

モッツァレラ・ディ・ブーファラ・カンパーナDOPです。

水牛乳から作られる、あの真っ白で、ぷっくりとしたモッツァレラ。切れば中からミルクがにじみ出す、イタリアを代表するフレッシュチーズのひとつです。

その製造が、物流の停止によって止まってしまいました。

DOP保護協会のピエル・マリア・サッカーニ事務局長によると、10月20日の時点ですでに多くの工房が操業を停止。21日には加盟する98工房が閉鎖していると説明しています。

AP通信が報じた数字は、加工できなくなった水牛乳が約100万リットル、24時間当たりの経済的影響が約300万ユーロ。

100万リットルといえば、1リットルの牛乳パック100万本分です。

もっとも、この100万リットルがすべて廃棄されたと確認されたわけではありません。また300万ユーロも最終的に確定した純損失額ではなく、当時の生産停止による経済的影響を表す数字です。

それでも、なぜ道路封鎖が数日続いただけで、これほど大きな問題になったのでしょうか。

そこには、水牛の生態とモッツァレラの作り方、そしてDOPならではの事情がありました。


水牛はストライキをしてくれない

まず、このニュースで興味深いのは、チーズ工房が止まっても水牛の搾乳は止まらないということです。

普段、牧場で搾られた水牛乳は集乳車で工房へ運ばれ、モッツァレラに加工されます。

ところが道路が封鎖されると、乳を積んだトラックが工房へ到着できません。

工房には設備がある。チーズを作る人もいる。それなのに、原料乳が届かないので製造できない。

一方、牧場では水牛たちがいつもどおり乳を出し続けています。農場の貯蔵タンクにも容量の限界があります。

AP通信によると、一部の牧場では、行き場を失った生乳を家畜に与える対応まで取られました。

さらに困ったことに、止まったのは生乳を運び出すトラックだけではありません。

牧場へ飼料を届ける車も、軽油や包装資材を運ぶ車も動けなくなります。すでに完成していたモッツァレラを出荷することも難しくなりました。

原料乳は牧場に余っているのに、工房はチーズを作れず、お店にはモッツァレラが届かない。

生鮮食品ならではの物流の難しさが、いっぺんに表面化したわけです。


60時間を過ぎたら、同じモッツァレラにはならない

この話でもうひとつ重要なのが、モッツァレラ・ディ・ブーファラ・カンパーナDOPの製造規格です。

実はこのチーズ、最初の搾乳から60時間以内に乳を加工しなければならないという決まりがあります。

これは単なる鮮度の目安ではなく、DOPを名乗るための製造条件です。適切に冷蔵されていても、期限を超えた乳はDOPの原料には使えません。

では、冷凍して保存しておけばよいのでしょうか。

これも認められていません。保護協会の規則解説では、60時間という条件には、冷凍乳や冷凍カードの使用を防ぐ意味もあると説明されています。

つまり、物流が再開しても、停止していた間の乳を後からまとめて加工することはできません。

失われたのは数日分の出荷だけでなく、DOPとして製造できる機会そのものだったのです。


そもそも、なぜトラックが止まったのか

発端となったのは、燃料価格の高騰と運送業者の経営悪化でした。

2026年に入ってから、イランをめぐる戦争やホルムズ海峡の危機を背景に、イタリアでも燃料価格が急上昇。ディーゼルの平均価格は1月から10月にかけて約35%上昇しました。

燃料費は運送事業者の営業コストの大きな部分を占めます。しかし、軽油が値上がりしても、荷主との契約で運賃を簡単に引き上げられるとは限りません。

政府も対策を進めていましたが、5月に業界団体と合意した税額控除などの支援措置は実施が遅れ、10月になっても利用できない事業者が残っていました。さらに、燃料税の時限的な軽減措置も10月6日に期限を迎えます。

シチリアでは、本土との海上輸送を支援する補助金の支払いも問題になっていました。

こうした不満が積み重なり、9月末には南部の運送業者が10月中旬の運送停止を予告。実際に道路封鎖へと発展し、カンパーニア州のモッツァレラ工房にも影響が及んだのです。

政府は10月22日、運送業者向けの税額控除を拡充し、支援規模を従来の4億3,400万ユーロから5億4,000万ユーロへ引き上げました。農業や漁業にも別途支援を行うこととしています。

さらに翌23日には、燃料費の変動を運賃に反映させる仕組みを強化する緊急政令が成立。一定の長期運送契約では燃料価格の変動に応じて運賃を調整する制度を補強し、運送業者が燃料高を一方的に負担しないための対策が取られました。

10月28日には、ディーゼルの燃料税を1リットル当たり4ユーロセント引き下げる追加措置も実施されています。ただし、こちらは11月7日までの時限措置です。

燃料税の引き下げ、事業者への税額控除、運賃への価格転嫁。日本でも耳にする対策と共通する部分が多いのは興味深いところです。

道路封鎖そのものは10月23日に解除されましたが、運送業者と政府の協議は28日時点でも決着していません。物流は再開しても、運送業者の経営をめぐる問題が解消されたわけではないのです。


トラックも酪農家も、同じ燃料高に苦しんでいた

今回の道路封鎖で浮き彫りになったのは、運送業者だけでなく、モッツァレラの生産者もコスト高に苦しんでいたことです。

DOP保護協会によると、飼料、燃料、エネルギー、プラスチック包装材、輸送費などの上昇で、生産コストは約30%増加していました。

運送業者が燃料高に耐えかねてトラックを止め、その結果、同じコスト高に苦しむ酪農家やチーズ工房の生産まで止まってしまったわけです。

10月23日にはカンパーニア州の主要道路の封鎖が解除され、流通大手Coopもカゼルタ県からの水牛モッツァレラの配送再開を確認しました。

Coopは通常供給に戻るまで5〜7日程度と見込んでいますが、10月29日時点では、すべての工房が通常操業に戻ったかどうかは確認されていません。

加工できなかった水牛乳の最終的な数量や、被害総額もまだ明らかになっていません。


日本に届く水牛モッツァレラ――DOPの輸出量と冷蔵・冷凍の違い

モッツァレラ・ディ・ブーファラ・カンパーナDOPは、日本でも一定の輸入規模を持つチーズです。

AFIDOPによると、2024年の日本向け輸出量は約800トン。同じ年のゴルゴンゾーラは約510トン、パルミジャーノ・レッジャーノとグラナ・パダーノは2銘柄合計で約2,000トンです。なお、後者はそれぞれ異なるDOPチーズですが、参照した統計では合算値のみが示されており、個別の輸出量は確認できません。

長期熟成チーズとは違い、鮮度が重視されるブーファラDOPが年間800トンも輸入されているのは、興味深い数字です。

では、今回の道路封鎖で日本のモッツァレラは品薄になるのでしょうか。

日本には、イタリアから冷蔵空輸される商品もあります。国内発送時点で賞味期限が5〜7日程度という商品もあり、こうした高鮮度タイプは、イタリア側で数日間製造が止まるだけでも入荷予定に影響する可能性があります。

一方、DOPの完成品を冷凍した商品も存在します。イタリアのSpinosa社は、マイナス18℃で冷凍したモッツァレラ・ディ・ブーファラ・カンパーナDOPを、欧州域外への輸出にも対応する商品として紹介しています。

ここで、先ほどの60時間ルールとの違いが分かります。

DOPの原料として冷凍乳や冷凍カードを使うことと、DOPとして製造を終えたモッツァレラを冷凍保存することは別の話なのです。

もっとも、冷凍品も製造自体が停止すれば影響は避けられません。また、日本にDOPの冷凍完成品がどの程度輸入されているかは確認できていません。

今回の影響が現れるとすれば、まずは定期的に冷蔵空輸される商品の一時的な入荷遅延や欠品でしょう。


日本への影響はどこまで分かっているか

10月23日にはイタリア国内でモッツァレラの配送再開が確認されましたが、全工房の通常操業復帰や、今回の生産停止によって失われた製品数量はまだ明らかになっていません。

日本向けについても、具体的な輸出停止数量や入荷遅延を示す公表資料は確認できていません。国内の販売店で品切れ表示があっても、それが今回のストライキによるものかどうかは判断できません。

価格については、10月28日にソレントの世界水牛会議に出席したDOP保護協会のドメニコ・ライモンド会長が、生産コストは上昇しているものの、現段階ではモッツァレラの販売価格を引き上げていないと説明しています。

日本の輸入・流通現場で実際にどのような影響が出ているかは、個別の取引状況を確認する必要があります。


DOPの規格は、何を守っているのか

今回のニュースで注目された「搾乳から60時間以内」という規定ですが、モッツァレラ・ディ・ブーファラ・カンパーナDOPの製造規格には、ほかにもさまざまな条件が定められています。

生産区域はカンパーニア州を中心に、ラツィオ、プーリア、モリーゼ各州の指定地域。使用する乳は、そこで飼育されたイタリア地中海水牛種のものに限られ、乳脂肪分7.2%以上、タンパク質4.2%以上という成分基準もあります。

飼料も産地との結びつきを考えるうえで重要です。保護協会は、牧草や干し草、穀物などを水牛の飼料として紹介しており、EUの産品紹介では、地域で生産される粗飼料と土地の環境が、独特の風味に関係すると説明されています。

製造工程では天然のホエイスターターを使用し、搾乳から60時間以内に加工。完成品についても、固形分中脂肪52%以上、水分65%以下といった基準が定められています。

こうして規格を並べてみると、単に原産地を限定しているわけではないことが分かります。

水牛の品種と乳の成分、飼料や飼養環境、乳酸発酵、そして工房に受け継がれてきた製造技術。それぞれが結びついて、ブーファラDOPの風味や食感を形づくっています。

もちろん、規格を守ればどの工房でもまったく同じ味になるわけではありません。その条件の中で生まれる造り手ごとの違いも、チーズの面白さでしょう。

今回の道路封鎖では、60時間という規定が、生産を再開しても取り戻せない損失を生む要因となりました。

しかし、その規定も本来は、このチーズの品質と固有性を支える条件のひとつです。

DOPの規格を読むとき、何が義務づけられているかだけでなく、なぜその条件が必要なのか、何を守るために設けられたのかを考えてみる。

そうすると、普段知っているチーズにも、また違った見方が生まれるのではないでしょうか。


参考資料・出典

生産停止と被害状況

燃料高騰・政府対応・物流再開

日本向け輸出・冷蔵冷凍流通

DOP製造規格・産地・品質特性

※記事本文の情報は2026年10月29日時点の報道・公表資料に基づく。輸送停止による最終的な廃棄乳量、生産減少量、日本向け輸出への影響は未確定。


コメント


bottom of page