社会保険料削減ビジネスで11,610人が資格喪失 厚労省が『短時間正社員型』にも対応

更新日:18 時間前
「短時間だけ正社員として雇われれば、個人事業主でも会社の社会保険に入れる」。
そんな仕組みを使った、いわゆる「社会保険料削減ビジネス」への対応を厚生労働省が強めています。
2026年9月14日、厚生労働省は「勤務時間が短い正規型の労働者として事業所に使用されている個人事業主等に係る被保険者資格の取扱いについて」という通知を、全国健康保険協会、健康保険組合、日本年金機構に発出しました。
問題になっているのは、健康保険・厚生年金保険の被保険者資格が、本当に成立しているのかという点です。
個人事業主が別会社の従業員になること自体も、「短時間正社員」という制度そのものも問題ではありません。
今回問われているのは、実際にはほとんど働いていない人に、形式上の雇用関係をつくり、社会保険の資格だけを取得させているのではないか、ということです。
すでに日本年金機構による事業所調査が進み、2026年8月末までに、38事業所で計11,610人が被保険者資格を喪失しています。
短時間正社員そのものが問題なのではない
厚生労働省は、短時間正社員を、フルタイム正社員よりも週の所定労働時間が短い正規型の社員として位置づけています。
具体的には、次のような条件を満たす社員です。
期間の定めのない労働契約を締結していること
時間当たりの基本給や、賞与・退職金等の算定方法が、同種のフルタイム正社員と同等であること
短時間正社員は、育児や介護と仕事を両立する人や、長時間の勤務が難しい人など、多様な働き方を可能にするための制度です。
また、個人事業主が自分の事業を続けながら、別の会社に雇用されて働くこともあります。
そのため、個人事業主であることや、勤務時間が短いことだけで、社会保険の被保険者資格が否定されるわけではありません。
健康保険・厚生年金保険の被保険者資格は、「正社員」という名称だけで決まるものではなく、その事業所との間に「常用的使用関係」があるかどうかで判断されます。
今回の通知は、新たに確認された事案について、この原則に基づく取扱いを明確にしたものです。
何が問題になっているのか
厚生労働省が9月14日の通知で取り上げたのは、個人事業主などを「勤務時間が極端に短い正規型労働者」として雇用し、健康保険・厚生年金の資格取得届を提出する一方で、本人から事業所側へ「会費」などを支払わせているケースです。
中には、本人が受け取る報酬よりも、事業所に支払う会費などの方が高い事例もあります。
例えば、形式上は会社から給与を受け取っていても、その給与を上回る会費を会社側へ支払っている場合、実際に労務の対価として報酬を受け取っているといえるのでしょうか。
さらに、会社で行っているとされる仕事が、単なる勉強会への参加やアンケートへの回答、個人事業主同士の情報共有などにとどまる場合もあります。
こうした実態を踏まえ、厚労省は、次の二つの観点から被保険者資格を確認する取扱いを示しました。
① 報酬が、業務の対価として経常的に支払われているか
本人が受け取る報酬を上回る会費などを事業所へ支払っている場合には、業務の対価としての経常的な支払いがあるとは認められないことがあります。
会費という名称でなくても、勉強費、広告費、掲載料、参加料、コンサルタント料、協力金、委託費など、実質によって判断されます。
② 実際に、経常的な労務の提供があるか
勤務時間が常態的に極端に短い場合や、業務内容が形式的なものにすぎない場合には、経常的に労務を提供しているとは認められないことがあります。
例えば、単なる自己研さんや、個人事業主としての活動報告、相互の仕事の紹介などが、会社の業務として扱われている場合です。
厚労省は、この①と②の両方に該当する場合には、原則として被保険者資格を有さないものとして取り扱うとしています。
いずれか一方に該当する場合についても、実際の就労状況を踏まえて個別具体的に判断します。
重要なのは、勤務時間の長さだけではなく、仕事の内容、報酬の性質、事業所との使用関係を総合的に確認することです。
週20時間の加入要件とは、別の問題
社会保険の加入要件として、週20時間という基準を聞いたことがある人も多いと思います。
しかし、今回の通知で問題になっているのは、それとは別の話です。
短時間正社員としての被保険者資格の判断では、単に週20時間未満だから加入できない、ということではありません。
厚労省が確認しているのは、もっと根本的な部分です。
「そもそも、この人は本当にこの法人に使用されている者なのか」
契約書に正社員と書いてあるか、給与が支払われている形になっているか、資格取得届が提出されているか。
それだけで判断するのではなく、実際にどのような仕事をし、どの程度働き、その報酬が何に対して支払われているのかを確認します。
勤務時間が短くても、実際に会社の業務を継続して担当している人はいます。
一方、わずかな形式的業務しかなく、社会保険に加入するために雇用関係をつくっている場合には、常用的使用関係そのものが問題になります。
ここを区別して考える必要があります。
3月には「法人役員」を使った手法が問題になっていた
今回の9月通知は、突然出されたものではありません。
厚生労働省は2026年3月18日にも、個人事業主などを法人役員として社会保険に加入させる仕組みについて、被保険者資格の取扱いを明確にする通知を出しています。
問題とされたのは、本来は国民健康保険・国民年金に加入すべき個人事業主などを、法人の役員という形で健康保険・厚生年金に加入させるケースです。
法人から役員報酬を支払う一方で、本人から法人側へ「会費」などを徴収する仕組みが確認されていました。
3月の通知では、法人の役員であっても、被保険者資格は実際の使用関係に基づいて判断することを明確にしています。
特に、役員報酬を上回る会費などを支払っている場合には、原則として、業務の対価としての経常的な支払いがあるとは認められないという取扱いが示されました。
つまり、役員という肩書を与え、役員報酬を支払う形にしただけでは、社会保険の資格を取得できるとは限らないということです。
調査の結果、11,610人が資格喪失
3月の通知を受けて、日本年金機構は、社会保険料削減ビジネスが疑われる事業所に対する調査を進めました。
2026年9月14日の第85回社会保障審議会年金事業管理部会では、8月末時点の調査結果が報告されています。
調査・指導の状況 | 件数・人数 |
調査を実施した事業所 | 45事業所 |
指導により対象者全員の資格喪失届を提出した事業所 | 38事業所 |
引き続き調査中の事業所 | 7事業所 |
指導により資格を喪失した人数 | 11,610人 |
調査した45事業所のうち、38事業所が指導を受け、対象者全員の被保険者資格喪失届を提出しています。
資格を喪失した人数は、11,610人です。
これは、形式上は社会保険に加入していても、事業所との使用関係の実態が認められなければ、被保険者資格が見直されることを示しています。
そして、日本年金機構は、この調査の過程で、別の加入方法を確認しました。
それが、法人役員ではなく、勤務時間が極端に短い正規型労働者として雇用する方法です。
役員から短時間正社員へ、手法が変わっていた
ここまでの経緯を時系列で整理すると、次のようになります。
2026年3月18日
個人事業主などを法人役員として社会保険に加入させるケースについて、厚生労働省が被保険者資格の取扱いを明確化。
3月以降
日本年金機構が、社会保険料削減ビジネスが疑われる事業所への調査・指導を実施。
8月末時点
45事業所を調査し、38事業所が指導を受けて対象者全員の資格喪失届を提出。資格喪失者は11,610人。
調査の過程
法人役員ではなく、「勤務時間が極端に短い正規型労働者」として個人事業主などを雇用し、社会保険に加入させる別の形態を確認。
9月14日
厚生労働省が、短時間の正規型労働者についても、使用関係や業務の実態から被保険者資格を確認する新たな通知を発出。
同時に、3月の法人役員に関する通知も一部改正。
という流れです。
3月には法人役員という形が問題になり、その後の事業所調査で、今度は正規型労働者として雇用する方法が確認されたわけです。
今回の9月通知は、調査によって新たな手法が確認されたため、その取扱いを追加で明確化したものです。
「役員」から「正社員」へと形式を変えても、判断されるのは、あくまで実際の使用関係です。
資格取得届が受理されても、安心とは限らない
健康保険・厚生年金では、事業所が被保険者資格取得届を提出し、加入手続を行います。
しかし、資格取得届が一度受理されたことと、被保険者資格が実態に照らして適切であることは別です。
今回の調査では、すでに社会保険に加入していた11,610人について、事業所への指導を経て資格喪失届が提出されています。
実際の使用関係がないと判断されれば、事業所に資格喪失届の提出が求められます。
また、事実と異なる資格取得届は、健康保険法第48条や厚生年金保険法第27条に反するものとされています。
厚生労働省は、今後も不適正な事案を把握した場合には、事業所調査や必要な指導を行い、厳正に対応する方針です。
単に「正社員として契約したから」「役員として登記したから」「社会保険への加入手続が済んだから」というだけでは、資格が認められるわけではありません。
「国保逃れ」ではなく、被保険者資格の問題
今回の一連の対応は、報道などでは「国保逃れ」と呼ばれることもあります。
ただし、これは報道上の表現です。
法律上の問題は、健康保険・厚生年金保険の被保険者資格が、実際に成立しているのかという点にあります。
個人事業主が別の会社に雇用されることは問題ありません。
短時間正社員として働くことも問題ありません。
勤務時間が短いからといって、それだけで被保険者資格が否定されるわけでもありません。
問われるのは、次のような実態です。
その会社で、本当に仕事をしているのか。
その仕事は、事業所との使用関係に基づくものなのか。
支払われる報酬は、本当に労務の対価なのか。
報酬と会費などの金銭の流れは、どのようになっているのか。
社会保険に加入するためだけに、形式的な雇用関係をつくっていないか。
厚労省は、契約上の名称だけでなく、労働日数、労働時間、就労形態、勤務内容などを踏まえて、個別具体的に判断するとしています。
ここでの問題は、個人事業主や短時間正社員という働き方ではありません。
実際の使用関係がないまま、社会保険の資格だけを取得させているのではないかという点です。
社会保険料削減ビジネス まとめ
2026年3月、厚生労働省は、個人事業主などを法人役員として社会保険に加入させる仕組みについて、被保険者資格の取扱いを明確化しました。
その後、日本年金機構が事業所調査を進め、8月末までに45事業所を調査。38事業所への指導によって、11,610人が資格を喪失しています。
さらに調査の過程で、法人役員ではなく、勤務時間が極端に短い正規型労働者として加入させる別の形態が確認されました。
これを受けて、厚生労働省は9月14日に新たな通知を発出し、正規型労働者についても、実際の使用関係から被保険者資格を確認する取扱いを明確にしました。
「役員」なのか「正社員」なのかという形式を変えても、使用関係の実態がなければ、社会保険の資格は認められません。
一方で、個人事業主が別会社で働くことや、短時間正社員として働くこと自体は問題ありません。
今回の一連の対応から見えてくるのは、契約上の名称ではなく、仕事の内容、働き方、報酬、会費などの金銭の流れを含めた実態から、被保険者資格を確認していくという国の方針です。




コメント