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診断書では『働けない』社員が、休日は元気に外出していたら|労務のあれこれ③

執筆者の写真: N S
N S
9月1日
読了時間: 8分

noteで公開している記事を、こちらにも掲載しています。


「うつ病で休職中の社員がいます。診断書には『就労不可』と書いてある。ところが、その社員がバイクで遠出しているのをSNSで見つけました。ゲームセンターにも出入りしているようです。夜は友人と飲み会。先週末は旅行にも行っていたらしい。」

現場で働いている側からすれば、納得しづらいと思います。

「仕事はできないのに、旅行はできるのか」

「休職中なのに遊んでいていいのか」

「それなら働けるのではないか」

「これは療養に専念していない証拠だ。懲戒処分は当然だろう」

一方で、本人側から見れば、こう感じるかもしれません。

「会社や仕事の場面で症状が出る」

「旅行や趣味は治療や気分転換の一部だ」

「職場から離れているからこそ動ける」

「仕事ができないことと、私生活で何もできないことは違う」

この状況に近い実際の裁判例が、マガジンハウス事件(東京地判平成20年3月10日)です。


1.事件の概要

うつ病・不安障害の診断を受けて休職していた社員が、休職期間中に次のような私生活を送っていました。

・バイクでの頻繁な遠出

・ゲームセンターや場外馬券売場への出入り

・知人との夜間の飲酒会合

・宿泊を伴う旅行

会社は、こうした行動などを問題視し、療養専念義務違反として諭旨退職処分を行いました。

休職中にこれだけ外出している様子を見れば、会社や同僚が疑問を持つこと自体は不自然ではありません。

しかし、裁判所は、単に「遊んでいた」という理由だけで処分を認めたわけではありませんでした。


2.裁判所の一般論:「遊んでいる」だけでは処分できない

裁判所は、まず次のような考え方を示しています。

うつ病や不安障害といった病気の性質上、健常人と同様の日常生活を送ることは不可能ではないばかりか、これが療養に資することもある

うつ病の療養は、骨折や手術後の安静とは少し違います。

精神疾患の場合、ずっと自宅に閉じこもっていれば必ず回復する、というものではありません。

散歩をする。

人と会う。

旅行をする。

趣味を再開する。

生活リズムを整える。

そうした活動が、回復の一部になることもあります。

本人にとって、会社や仕事は強いストレスを感じる場所かもしれません。

一方で、趣味や旅行は、職場から離れて心身を回復させるきっかけになるかもしれません。

外から見て楽しそうに活動していることと、仕事を継続して行えることは、必ずしも同じではありません。

つまり、バイクで外出していたことや、旅行、飲み会をしていたという事実だけでは、直ちに療養専念義務違反とはいえないのです。

「遊んでいるように見える」

その事実だけでは、処分の理由として十分ではありません。


3.では、休職中なら何をしてもいいのか

ここまで読むと、

「では、休職中は何をしても自由なのか」

と思うかもしれません。

もちろん、そうではありません。

現にマガジンハウス事件では、会社が行った諭旨退職処分は有効と判断されています。

私傷病休職制度は、病気やけがで一時的に働けなくなった労働者について、すぐに雇用関係を終了させるのではなく、一定期間、治療と回復を待つための制度です。

その意味で、休職者には、労働契約上の信義則として、誠実に治療に努め、早期の回復を目指す「療養専念義務」が生じると解されています。

休職は、「働かなくても自由に過ごせる期間」ではありません。

あくまで復職を目指すための治療期間であり、その目的に反する行動は、労働契約上の信義則に反するものとして問題になります。

ただし、この義務は、一切の外出や私的活動を禁止するという意味でもありません。

では、この事件では、何が処分の決め手になったのでしょうか。


4.決め手になったのは「主治医の指示への違反」だった

決め手になったのは、旅行や趣味といった余暇活動そのものではありません。

この社員は主治医から、心身への負担となる一切の紛争活動を避け、静養するよう指示されていました。

ところが、休職期間中も、

・会社への抗議活動

・経営陣を批判するブログの執筆

・組合活動として会社と行う激しい交渉

など、精神的負荷の大きい活動を続けていました。

ここで注意したいのは、会社への抗議や組合活動をしたこと自体が、直ちに問題とされたわけではないという点です。

問題になったのは、主治医から心身への負担となる紛争活動を避けるよう明確に指示されていたにもかかわらず、その指示に反して、負荷の大きい活動に自ら没頭し続けていたことです。

裁判所は、この行動を、治療方針に真っ向から背き、自ら病状を長引かせ、悪化させるおそれのあるものと評価しました。

そして、労働契約上の信義則に著しく反する療養専念義務違反に当たるとして、会社の処分を有効と判断しました。

つまり、この事件の核心は、

「休職中に遊んでいたから」

ではなく、

「治療の指示に背き、自ら回復を妨げる行動を続けたから」

処分が有効とされた点にあります。

ここで一つ、押さえておきたいことがあります。

この結論は、「休職中に遊んだら基本的にアウト」という一般ルールではありません。

主治医の明確な指示に反する活動を継続したという、個別の事情が重く見られた事例です。

同じように休職中の社員が旅行していたとしても、主治医の指示、本人の病状、活動の内容が違えば、結論も変わり得ます。

判例は、そのまま当てはめる「答え」ではなく、判断するときの考え方の一例として受け止める必要があります。


5.現場で起きやすい「不公平感」という別の問題

実務上、見過ごせないのが、休職者の私生活と、現場で働く社員の感情との摩擦です。

休職中の社員が、旅行先の写真や趣味を楽しむ様子をSNSに投稿する。

それを、休職者の仕事を引き継ぎ、残業や業務負担が増えている同僚が見る。

そうすれば、

「こちらは穴を埋めているのに」

「本当に働けないのか」

「遊ぶ元気があるなら戻ってきてほしい」

と感じる人が出てくることは珍しくありません。

休職者は傷病手当金を受けながら余暇を過ごしているように見える。

一方で、現場に残る社員は、その穴を埋めるために働いている。

この構図が、職場の不満やモチベーション低下につながることがあります。

その不公平感自体を、単に間違った感情として片付けることもできません。

しかし、その感情に引っ張られ、十分な事実確認や適正な手続を経ないまま処分に踏み切れば、今度は会社側が不当解雇やハラスメントを問われる可能性があります。

だからこそ、

「遊んでいるように見えるかどうか」

ではなく、

「主治医の示した療養方針に沿っているかどうか」

という客観的な基準で考える必要があります。


実務上のポイント

休職中の社員が、

・旅行をする

・趣味を楽しむ

・友人と交流する

といった活動をしていたとしても、その事実だけで直ちに療養専念義務違反として処分できるとは限りません。

一方で、

・主治医から明確に示された療養方針に反する

・心身への負担が大きく、回復を自ら妨げるような活動を続ける

・主治医から避けるよう指示されていた、心身への負担が大きい紛争活動を継続する

・活動内容自体に別の服務規律上の問題がある

といった事情があれば、療養専念義務違反として厳しく評価されることがあります。

このような事案で本当に問われているのは、病名や「静養が必要」という結論だけを見て、処分の是非を判断することではありません。

主治医が、どのような状態を前提に、どのような療養方針を示しているのか。

会社としても、休職者本人の同意があれば、主治医の療養方針を共有しながら、休職中の過ごし方を一緒に考えていけるか。

そこが重要になります。

そうした対話は、休職者にとっても安心材料になります。

そして、会社が対応方針を明確にし、感情ではなく療養方針に沿って動いていることが伝われば、現場に残って穴を埋めている社員の不満も和らぎます。

「会社はきちんと状況を確認している」

「なんとなくの温情や放置ではなく、筋の通った対応をしている」

そうした実感は、休職者への風当たりを弱め、職場の空気を変えることにもつながります。

つまり、この丁寧なプロセスは、休職者への配慮であると同時に、現場に残る社員にとっての環境改善でもあります。

どちらか一方を守るために、もう一方を犠牲にするのではない。

両方に向き合うために、会社として判断の軸を持つことが必要になります。

休職者本人だけの問題として処理するのではなく、組織全体の問題として受け止める。

一つの事例にどう向き合うかが、次に同じことが起きたときの会社の強さと、そこで働く人たちの安心感を決めます。

そう考えると、この判例は、単なる「処分できるか、できないか」という守りのための知識ではありません。

休職者と現場の双方に向き合い、会社の対応を一段整えるための材料として読むこともできるのではないでしょうか。


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